みなさんこんにちは、タイセーです。
今回は高雄の北の方にある、橋頭糖廠(チャオˊトウˊタンˊチャンˇ)に行った時の様子をお届けします。ちなみに橋頭糖廠の橋頭は地名で元々は橋仔頭と呼ばれていたそうです。糖廠は砂糖工場を意味します。
橋頭糖廠ってどんなところ?
橋頭糖廠はMRTの駅「橋頭糖廠」を出たらすぐです。この駅はなぜか猫をものすごくアピールしていました。多いのでしょうか??
敷地内は広く、自転車でも移動できます。家族で乗れる大きな自転車や緑色の電動キックボードをレンタルすることもできるようです。僕はまた自分の自転車を持っていきました。

入り口です
早速見学!
敷地内には日本統治時代に建てられた建物が残っています。
- 社宅だそうです。洋風です。
- 和風な工場長の家。
- 和風な副工場長の家。
工場の近くには第二次世界大戦の時に作られた防空壕も残されていました。砂糖工場は燃料となるアルコールを作ることができるため、爆撃に狙われやすかったそうです。こうした防空壕が敷地内には点在しているようです。(案内看板より)
- レンガでできています。
- 今ではガジュマルの木に侵食されています。

防空壕跡に実際に入れる場所もありました。時間がなくて行きませんでした。入っておけばよかったとちょっと後悔。
ここの見学場所として一押しなのは、今に残る工場跡地です。実際に砂糖を作っていた現場を見学することができます。
工場探検!
早速入ってみます!
橋頭糖廠は1902年に建てられました。日本の統治時代は1895年から1945年なので、統治後すぐに作ったことになります。当時は1日200トンものサトウキビを処理していたようです。戦後はさらに工場が拡大しましたが、1999年に閉鎖されました。約100年の歴史があります。
工場の中には色々な機械で埋め尽くされていました。機械の隙間を通るような通路を進んでいきます。中は昔そのままでガラスの破片や新聞などが落ちており、廃墟のようになっていて、映画やゲームの世界のようです。実際に映画なのか?衣装を着て撮影している人たちがいました。

道がどこにあるのかわからなくなります。
割れたガラスなどもそのままになっていたりもするので、見学の際は注意が必要です。はしごを登ったり降りたり、ちょっと怖いと思う場所もありました。
- かなり昔の新聞が落ちてました。
- 紹介パネルもたくさんあって色々知ることができます。

天井の青いパネルからの光が幻想的です。圧縮機がまるでフィルムのよう
まるで迷路のようで、出口に辿り着くまでに、何度も同じ道を行ったり来たりしてしまい、ようやく脱出するまでに結構時間がかかってしまいました!でも、歩けば歩くほどたくさんのこと知れるボーナスステージのようでもありました。
昼過ぎに来ましたが、時間が全然足りませんでした。敷地内には他にも博物館など色々見れるところがあるようなので、また来てみたいです。
砂糖と塩の作り方の違い
僕は以前、台南にある同じ時代に建てられた塩工場「北門洗滌鹽工廠」も見学したことがあります。そこも日本が近代化を進め、機械を使って生産力を上げて、たくさんの塩を作っていました。
塩は原料となる海水から水を取り除く工程が大事でした。塩田で太陽の力を借りて濃い塩水を作ります。工場ではその濃い塩水(かん水)を煮たり、乾燥させたりする機械が使われます。

塩作りのこともまた記事にできたらいいな
一方、砂糖は原料となるサトウキビから汁を絞り出す作業が砂糖の品質を決める一番重要な工程であるようです。工場で砂糖は次の流れで作っていきます。
- 運ばれてきたサトウキビをコンベアで工場内に運びます。
- 切断(搾りやすくするため、サトウキビを細かくし繊維状にほぐします)
- 圧搾(ローラーで5回に分けて無駄がないよう搾ります)
- 濃縮(5つの蒸發罐でゴミを除去した汁を加熱してどんどん濃くします)
- 蒸發罐の下にはボイラーが。蒸気を循環させて効率的に熱します。
- 加熱(温度の違う4つの加熱器でそれぞれ処理し、徐々に高温で煮詰めます)
そして結晶化した砂糖を包装し、出荷していきます。他にも何に使うのかよくわからない、たくさんの機械がありました。どの工程でも一度に処理するのではなく、何回かに分けて徐々に進めていくので同じような機械が何個も並んでいるのが特徴的だなと思いました。
塩工場では何度も塩を洗う工程があり、塩の純度が重要視されていました。海水にはにがりや石灰などたくさんの不純物が入っているのでちゃんと取り除いて作らないと苦くなります。また、塩は食べるだけでなく化学材料として利用していたからかもしれません。
砂糖は原料のサトウキビを育てるところから始まるため、完成までにとても多くの手間がかかります。だからこそ、せっかく育てたサトウキビから無駄なく糖を取り出すために、丁寧に処理しているのだと思いました。
どちらも液体から結晶を作り出すという点は同じですが、作り方の考えが違うのが面白いです。

敷地内でもサトウキビを栽培してました。でも少し枯れてます。近くにはたくさんのバッタが!!!
統治時代、台湾総統府の民政長官だった後藤新平は、農学者の新渡戸稲造の意見を聞いて、台湾を大事な砂糖の生産地とするため近代化を進めました。そのため、氷砂糖を発明し日本製糖業の父と呼ばれた鈴木藤三郎を台湾へ派遣し、今も台湾にある台糖の元となった台湾製糖を設立しました。この橋頭糖廠は台湾で最初の近代的な砂糖工場となりました。
他にもたくさんの分野で日本の技術者や知識を持った人が台湾へ行き、さまざまな産業やインフラの建設、研究に取り組んでいました。当時の台湾は、アヘンという薬物が広がっていたり、熱い気候のせいで病気が多かったりして、生活も大変だったようです。それでもあきらめずに働いた人達には、「仕事だから」だけではない強い気持ちがあったのだと思います。
その中の一人が、烏山頭ダムを作った八田與一さんです。小学校4年生になったらダムの見学に行けるので、どんなところか自分の目で見るのが今からとても楽しみです。
↓↓ぼくが毎月読んでいる『Newsがわかる!』の特別編に、後藤新平特集号があります。台湾でのことはもちろん、日本でどんな仕事をしてきた人なのかも紹介されています。ぜひ読んでみてください。
他にもある台湾の砂糖工場跡地
ちなみに砂糖工場は台湾にいくつもあります。
実は以前も砂糖工場の跡地に行ったことがありました。台南の「十鼓文創園區」というところです。そこでは跡地をテーマパークにしていて、遊べる施設があったり、勇ましい太鼓のステージが見られたりしました。(2023年の情報です)
- タンクの中にお店や遊び場があったりします
- 工場の中もおしゃれできれいな空間に。
台湾には昔の建物を活かした観光地が多いです。ぜひ砂糖工場にも行ってみてください!
(おまけ)くら寿司リベンジ
この日の帰り、前回のちいかわびビッくらポン!で3回ともはずれだったので、もう一度挑戦しにくら寿司へ行きました。
↓↓前回の記事
今度こそ当たるかな?今回は4回チャレンジ!
- 1回目、はずれ…
- 2回目、はずれ…
- 3回目、はずれ…
ここまで前回と全く同じ展開…。嫌な予感…。
最後お願いします!!!!
お
!
!

ついにあたりが出ました!!
釣れたのは鯛!めでたいめでたい

もらえたのはうさぎのキーホルダー。とても可愛いです。

大満足で一日を終えることができました!
今日の中文
そこはまるでゲームの世界のようでした。
那裡就像是遊戲世界一樣。
ナーˋ リˇ ジョウˋ シャンˋ シˋ ヨウˊ シˋ シˋ ジエˋ イˊ ヤンˋ





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